心臓弁膜症とは


 心臓の弁膜が開閉運動に支障をきたした状態で、心臓の送血効率が低下してきます。
弁膜の開放がうまくいかない状態を「狭窄症」とよび、閉鎖がうまくいかない状態を
「閉鎖不全」と名づけます。
 心臓の弁膜は、僧帽弁、大動脈弁、肺動脈弁、三尖弁の4つがありますから、それぞ
れに狭窄と閉鎖不全の2つの場合があるとなると8種類の弁膜症が存在する計算ですが
2つ以上の弁膜が傷害を受けている場合もあり、1つの弁に狭窄と閉鎖不全が同時に存
在することもあるので、ひとくちに心臓弁膜症といっても、その種類、程度は千差万別
です。

●原因
 弁膜症の原因には、先天性、リウマチ性、梅毒性などいろいろありますが、僧帽弁狭
窄はほとんどがリウマチ性であり、肺動脈狭窄はほとんどが先天制です。
 僧帽弁閉鎖不全は、リウマチ、虚血性心臓病による乳頭筋の機能不全、左心室が著し
く拡大するとき(高血圧、突発性心筋症など)などにおこります。また、肺動脈閉鎖不
全や三尖弁閉鎖不全は、弁膜自体に病気がなくても機能的に発生し、前者は肺高血圧の
とき、後者は右室拡大のときおこります。梅毒が原因となるのは大動脈弁閉鎖不全です
が、これは、リウマチでも、大動脈瘤でも、大動脈硬化でもおこります。
 つまり、弁膜症は、弁膜自体の病変でも、弁膜の支持組織の病変でもおこるのです。

●症状
 弁膜症のため心臓の送血機構に異常が発生すると、心臓はそれを代償する目的でいろ
いろと順応します。たとえば、狭窄があると、血液をむりに通そうとして、狭窄部より
上流側の心房や心室は肥大して、収縮力を増強させます。閉鎖不全があるときは、いっ
たん出した血液が逆流してきますから、閉鎖不全部より上流側の心房や心室は肥大して
正常の場合より多めの血液を送り出す新機構をつくるのです。また、1回の収縮で大動
脈へ送り出す血液量が少ない場合には、心拍数を増やして、1分間に送り出す血液量を
なんとか減らさないように代償します。
 このように、心臓の代償機構がうまくはたらいているうちは、心臓弁膜症であっても
心臓全体としてのポンプ能力は低下しませんから、本人はなんの不都合な症状も感じま
せん。ですから、人間ドックとか、集団検診などで、偶然に、心雑音や、X線写真の心
陰影や、心電図の異常があって発見されることが多いのです。
 弁膜症の自覚症状は、心臓の代償機構が限界に達し、うっ血性心不全を合併した時点
ではじまります。肺にうっ血をおこすと、呼吸困難や息切れなどの症状が現われ、大循
環系のうっ血がすすむと、下肢のむくみ、夜間頻尿、腹部張満感(肝臓うっ血)がおこ
ります。疲れやすいという訴えをする人もよくあります。
 また、僧帽弁狭窄の場合は、左心房内に血栓を生じやすく、この血栓がはがれると、
脳動脈に栓塞をおこして半身不随をきたしたり、腎動脈へ栓塞をおこすと腰痛と血尿が
現われ、腸間膜動脈へ栓塞をおこしてイレウスとよくにた症状を呈したり、下肢動脈へ
栓塞して足部の壊疽をおこしたりします。

●診断
 心臓の聴診で手がかりがつかめます。手術による根治療法を目的とした場合は、心臓
カテーテル検査や心血管造影検査を行なって、弁膜症の確認とともに程度の判定まで検
討がなされます。
 内科的治療でいかざるをえない場合には、胸部X線と心電図の検査で治療方針のめや
すをたてます。近年は、超音波検査が普及し、とくに僧帽弁膜症では重要な検査の1つ
として広く行われております。

●治療
 弁膜症は一部の例外を除いて、内科的には治しようがありません。一部の例外とは、
肺高血圧が原因で発生した肺動脈弁閉鎖不全や三尖弁閉鎖不全で、この場合は肺高血圧
を是正すれば治ることもあるのです。したがって、一般に弁膜症に対する内科的治療は
合併したうっ血性心不全に向けられます。このさいの治療薬は、おもに利尿剤とジギタ
リス剤が用いられます。もちろん、安静と食塩制限は、うっ血性心不全の治療に根本的
必要条件です。
 うっ血性心不全を合併するにいたらない軽症や初期段階の場合は、心臓にむりじいを
さける生活に必要な家庭でのふるまい、通勤、仕事などはふつうにやってかまわないの
ですが、不必要な心臓の負担を極力除くことが大切です。
 たとえば、バスにまにあわないからといって、駆け足しないで、バスに充分まにあう
ように早起きすること。健康のためだからといって、バレーや野球などの全力疾走をと
もなう運動はやめ、散歩や体操程度にとどめるということです。なお、食塩の制限は心
臓弁膜症の人の食生活に重要なポイントとなります。

●外科療法
 内科的治療法で治しきれない心臓弁膜症に対して、外科的治療を行うことがあります。
とくに、僧帽弁狭窄症は、ひどくならないうちに弁切開を行うことが、内科的に治療し
ている場合より、予後が大きく改善されるので、近年は積極的に手術をすすめられる時
代になりました。これにたいして人工弁の置換手術は、弁膜症の程度が軽いうちは行わ
ず、あるていど症状がすすんで、その後の治療が内科的にうまくいきそうもないと判断
された時期に行います。

●経過と予後
 心臓の代償機構にまだ余裕がある場合の予後はさほどわるくありません。つまり、う
っ血性心不全もなく、心臓もさほど大きくない場合や、心雑音で弁膜症の存在は明らか
であるのに、ごく軽症のため心臓自体にほとんど負担がないような、いわゆる「聴診的
大動脈閉鎖不全」の予後はけっしてわるくありません。
 ただし、うっ血性心不全、心房細動、栓塞症を合併した場合は、長い目でみると予後
は楽観できません。ジギタリスや利尿剤を長期連用するとともに、食塩制限、上気道感
染の予防、亜急性細菌性心内膜炎の予防に慎重を欠くと、予後は油断ができません。



参考文献:保健同人社 家庭の医学